北区年始会

年始会は小雨の中でしたが 9時有志の皆さんが参加しました。

郡山(元亀津小学校長)さんも帰省参加し、当時の懐かしい思い出に浸っていました。政岡 亀津中学校長は年男 抱負を語りました。

幸多 前田両名は和太鼓「三宅」を初披露演奏でした。

新年あけましておめでとうございます。

ご健勝にて 本日出席されたみなさんにとりまして今年がすべての面でうまくいくことを願います

さて人間 万事塞翁が馬 という中国の教えを 今一度 考えますと 世の中すべての事が良いことずくめではありません。「禍福はあざなえる縄の如し」ともいいます。

昨年 1年を見ても 国内の政治、世界の情勢もまた混沌として 世界の平和も危機的状況にあります。

世界の子どもたちの未来に一日も早く争いがなくなり平和が訪れることを願い、その平和への思いを足下から構築できればと思います。あきらめてはいけません。

話を身近に戻せば お手元の広報北区をご覧になって下さい。

ふれあい農園でジャガイモ植えればヒヨドリの被害に遭いました。しかし手をこまねいていませんでした 友人の発案でキラキラテープを設置 その結果 被害を乗り越え豊作。芋植えたら、干ばつ 雨が降らず 不作。一方 サトウキビは台風が来ず 豊作。先人は古来「台風は雨を持ってくる、海岸の掃除。ハブが自然を守ってきた。」

仕方ないさ、気象条件 自然があいてだから いい時も悪いときも

ですがそのために私たちがいつも大事にし、、努力していることがあります。壁を打破するために必要な事

それは「共助」の精神です。サポート支え合うこと。 山や水おかげ、、人や世間おかげ」というではないですか。

私は支えられている、仲間がいる そのような気概を持つことです。

昭和56年当時、厳訓無処罰で教育界に知られた龍野定一先生からいただき額に入った「敬愛信」の書があります。

要約すれば 互いを愛し信じあうことが世界平和にも通ずるということです。

おかげさまで。の言葉のように「お互いを尊敬しあう、良いところをほめ、認め合える」このような関係がいっぱい構築できれば、私たちの地域からでも世界平和につながると信じています。

私達大人が子供たちの未来に残したいもの それは平和と手つかずの自然です。そのために自治会の重点目標 差別偏見のない 「障がいのある人もない人も共に生きる地域づくり」を目指しましょう。

今年も皆さんと共に歩むことを「楽しみ・誇り」とすることをお約束して 新年のあいさつとさせていただきます。

北区自治会行事諸々 *地域学校協働活動が軌道に乗りつつある!双方向で繋がり深まる

他者をリスペクト(尊敬)すれば戦争は起きない。足下である地域の繋がりなくして世界平和も実現不可能だと思う。だが人は「旨味」を追求する。エコツアガイドもお金を追求すれば島の宝が味気ないものに見える。そこに住む人が足元の文化自然を語ればいいと思う。鍵を閉めて保護の名の下で島の人から世界自然遺産を見えにくくしている、とシマンチュは言う。誰のための自然か、また誰が守ってきたのか。金もうけのためではないはずだ。島の景観をシマンチュのために残せるのか。今問われている。

2025徳之島町民体育祭

心配された台風も影響なく 実施。結果はAブロック     1位亀徳142点 2位南区125点 3位北区96.5点 4位母間92.5点 5位神嶺71点 Bブロック1位中区148.5点 2位花徳145点 3位山119.5点 4位東区113点 5位手々81点 6位尾母47.5点

女子ムカデ、下駄ムカデは1位の栄誉に輝くも、3位に甘んじた。しかし11チーム中Aブロックをキープしていることは素晴らしい。

戦後80年 武州丸慰霊平和の夕べ

2006年12月11日戦跡巡りの中に  武州丸慰霊平和の夕べを実施。故 名城秀時さん政野富雄さん遺族から当時の事を知った。

20回目 世界情勢は戦前・戦時中ともいえる状況下で武州丸慰霊平和の夕べを実施し戦争と平和を語り、知って、そして伝える。

このような同じことの繰り返しを続けないと、危い人間の所業。中国は731部隊を国民に訴え恨み、報復ともいえる教育をする。

「戦争は人の心の中に生まれる、心の中に平和の砦を築かなければならない」ユネスコ協会の憲章である。妬み恨み、差別しない教育。

疎開命令のもとに撃沈された。1944年9月25日武州丸悲劇の前に、8月22日対馬丸、6月29日富山丸 国は全てを隠した。最近は国の名のもとに日米訓練が強行される。住民ではどうしようもない、「あの悲惨な出来事を繰り返さない、安らかに眠って下さい」と御霊に約束報告していいのだろうか。国民保護法案の下、いつ脱出するかわからない。ノアの箱舟の定員は、対象は?不安な時代に生きている。

あとは戦争を知らない政治家に命をゆだねる、ことになるのか。

川畑眼科医院 7年ぶり

本日 妻の白内障手術左目でした。両眼ですので来週も手術です☕😌✨7年前のブログを懐かしく開けてみました。孫が生まれて外出許可もらっていたこと、pcを持ち込んで母間騒動の脚本作りでした。看護師さんのお二人が「元気でしたか、」など声かけていただき嬉しかったです。嫁と妻の検査、手術まで説明を受け素晴らしいスタッフの連携に感謝、感動を覚えた2日間でした。安心して明日面会のあと島に帰れます。手術室前のモニターで手術の様子を見ることが出来ます、患者と同じくらいの緊張で5~6分でしょうか体験しました❗7年前先生に「力を抜いて‼️」と言われたのを思い出します。ホントにお疲れ様でした❗

全国に知ってもらえた「もう一つの学童疎開船 武州丸」

足掛け 18年 奄美の地元新聞には毎年掲載された武州丸 慰霊・平和の夕べ。今年は共同通信社の記者も来島、小さな島の少ない(対馬丸と比較して犠牲者の数)疎開者、戦争犠牲者。小さな草の根平和運動として「武州丸と平和を考える会」を全国に発信してくれた。当時、高齢化する遺族の方名城秀時・政野富雄さん(2名)に許しを得て合同慰霊祭を始めた。その後 故 藤村キクさん遺族を知り、訪ねての参列(2014年)もあったが遺族無の武州丸慰霊・平和の夕べが今日まで続いている。徳之島ユネスコ協会の後援、徳之島地区教職員、高齢者クラブ有志の賛同のおかげで犠牲者の声は伝えられている。「広島全国教育研究会」でも報告した。今の子どもたちに「夢・希望を奪った戦争」の悲惨さ無念さ悲しみを伝える営み。コロナ禍でも絶やすことなく実施した。「いつか来た道に」戻ることなく、世界の子どもたちの未来に平和を、足下の平和を構築するための運動は継続される。大人は私利私欲を捨て、平和のバトンをタスキをつなぐ責務がある。その使命を常に持ちたいものだ、と思っている。

「命ど宝」「優しさを武器に変えて」オリンピックでもスポーツ界は相手をリスペクト(尊敬)する時代です。世界平和を目指しましょう「我が家から、地域から、そして世界へと」

 

 

 

 

ふれあい農園 ジャガイモ植え

ふれあい農園は 蔵越地区 永田高信氏の畑を借りました。無耕作地を青年部で草刈り福岡輝男さんが耕し、肥しを入れて畝をとり、11月24日 午前9時から永吉博昭さんの準備した種芋を植え付けました。参加した小学4年生 「自分もやってみたい!」と福岡さんの補助のもとで耕運機を操作、頼もしい体験学習でした。