新春ふれあいグラウンドゴルフ大会には亀津小 鮫島校長、遠矢教頭、田中先生が参加しました。地域と学校が繋がる、協働活動へと続きます。平田さんの農地を見学していくと利用してない土地が!「ここ、ふれあい農園にしよう!」と提案 話はまとまり17日に早速草刈りを実施。後は芋植えの為 耕耘機を福男輝男さんに依頼しました。それぞれが相呼応して、やれることを積極果敢に取り入れ、進んでいく地域づくりの仲間が嬉しいですね。
郡山(元亀津小学校長)さんも帰省参加し、当時の懐かしい思い出に浸っていました。政岡 亀津中学校長は年男 抱負を語りました。
幸多 前田両名は和太鼓「三宅」を初披露演奏でした。
新年あけましておめでとうございます。
ご健勝にて 本日出席されたみなさんにとりまして今年がすべての面でうまくいくことを願います
さて人間 万事塞翁が馬 という中国の教えを 今一度 考えますと 世の中すべての事が良いことずくめではありません。「禍福はあざなえる縄の如し」ともいいます。
昨年 1年を見ても 国内の政治、世界の情勢もまた混沌として 世界の平和も危機的状況にあります。
世界の子どもたちの未来に一日も早く争いがなくなり平和が訪れることを願い、その平和への思いを足下から構築できればと思います。あきらめてはいけません。
話を身近に戻せば お手元の広報北区をご覧になって下さい。
ふれあい農園でジャガイモ植えればヒヨドリの被害に遭いました。しかし手をこまねいていませんでした 友人の発案でキラキラテープを設置 その結果 被害を乗り越え豊作。芋植えたら、干ばつ 雨が降らず 不作。一方 サトウキビは台風が来ず 豊作。先人は古来「台風は雨を持ってくる、海岸の掃除。ハブが自然を守ってきた。」
仕方ないさ、気象条件 自然があいてだから いい時も悪いときも
ですがそのために私たちがいつも大事にし、、努力していることがあります。壁を打破するために必要な事
それは「共助」の精神です。サポート支え合うこと。 山や水おかげ、、人や世間おかげ」というではないですか。
私は支えられている、仲間がいる そのような気概を持つことです。
昭和56年当時、厳訓無処罰で教育界に知られた龍野定一先生からいただき額に入った「敬愛信」の書があります。
要約すれば 互いを愛し信じあうことが世界平和にも通ずるということです。
おかげさまで。の言葉のように「お互いを尊敬しあう、良いところをほめ、認め合える」このような関係がいっぱい構築できれば、私たちの地域からでも世界平和につながると信じています。
私達大人が子供たちの未来に残したいもの それは平和と手つかずの自然です。そのために自治会の重点目標 差別偏見のない 「障がいのある人もない人も共に生きる地域づくり」を目指しましょう。
今年も皆さんと共に歩むことを「楽しみ・誇り」とすることをお約束して 新年のあいさつとさせていただきます。
2006年12月11日戦跡巡りの中に 武州丸慰霊平和の夕べを実施。故 名城秀時さん政野富雄さん遺族から当時の事を知った。
20回目 世界情勢は戦前・戦時中ともいえる状況下で武州丸慰霊平和の夕べを実施し戦争と平和を語り、知って、そして伝える。
このような同じことの繰り返しを続けないと、危い人間の所業。中国は731部隊を国民に訴え恨み、報復ともいえる教育をする。
「戦争は人の心の中に生まれる、心の中に平和の砦を築かなければならない」ユネスコ協会の憲章である。妬み恨み、差別しない教育。
疎開命令のもとに撃沈された。1944年9月25日武州丸悲劇の前に、8月22日対馬丸、6月29日富山丸 国は全てを隠した。最近は国の名のもとに日米訓練が強行される。住民ではどうしようもない、「あの悲惨な出来事を繰り返さない、安らかに眠って下さい」と御霊に約束報告していいのだろうか。国民保護法案の下、いつ脱出するかわからない。ノアの箱舟の定員は、対象は?不安な時代に生きている。
あとは戦争を知らない政治家に命をゆだねる、ことになるのか。
足掛け 18年 奄美の地元新聞には毎年掲載された武州丸 慰霊・平和の夕べ。今年は共同通信社の記者も来島、小さな島の少ない(対馬丸と比較して犠牲者の数)疎開者、戦争犠牲者。小さな草の根平和運動として「武州丸と平和を考える会」を全国に発信してくれた。当時、高齢化する遺族の方名城秀時・政野富雄さん(2名)に許しを得て合同慰霊祭を始めた。その後 故 藤村キクさん遺族を知り、訪ねての参列(2014年)もあったが遺族無の武州丸慰霊・平和の夕べが今日まで続いている。徳之島ユネスコ協会の後援、徳之島地区教職員、高齢者クラブ有志の賛同のおかげで犠牲者の声は伝えられている。「広島全国教育研究会」でも報告した。今の子どもたちに「夢・希望を奪った戦争」の悲惨さ無念さ悲しみを伝える営み。コロナ禍でも絶やすことなく実施した。「いつか来た道に」戻ることなく、世界の子どもたちの未来に平和を、足下の平和を構築するための運動は継続される。大人は私利私欲を捨て、平和のバトンをタスキをつなぐ責務がある。その使命を常に持ちたいものだ、と思っている。
「命ど宝」「優しさを武器に変えて」オリンピックでもスポーツ界は相手をリスペクト(尊敬)する時代です。世界平和を目指しましょう「我が家から、地域から、そして世界へと」