第8回を数える 小さな音楽会 12年前 関西で島出身者が外国旅行を楽しむ中村夫妻に「徳之島、という素敵な島があるよ」と教えた。以来、徳之島を訪れる夫婦がニュー西田ホテルのご厚意で始まった。オカリナ演奏、ハーモニカで慰問活動をしている中村夫妻に友情の輪が広がり、関西と徳之島がつながった。50名を超す知人友人が集まり「三線愛好会結」も三味線演奏で3年目の友情出演でした。フランスから徳之島の方言研究に来島しているレベック、ディミトリさんも参加フランス語よりも上手な日本語で自己紹介。「国際的」を演出していただきました。おーぼらだーに(だれん)。
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亀津(近隣)公園の桜植樹から20周年!あすなろ会
2月4日 13時から。あすなろ会の桜手入れと花見。平成10年2月11日に亀津中区の有志で植樹した100本の桜は毎年,1年も欠かすこと無く手入れをし,5~6年後から花見を始めました。3年後の平成13年2月に未来志向,発展的に名前を「あすなろ会」と改称,亀津4区に広げました。その後も毎年植樹は増えて150本ほどの桜公園となりました。オーナー制であったため個人の名札があり,子々孫々へと思いが伝わっていくことでしょう。
2月4日(日)Ⅰ時間半の手入れを終え,花見開始。小雨のため場所を休憩小屋に移し,ブルーシートを風よけとして5時まで太鼓三味線,踊り。「桜木は 風雨に耐えて 花開く 育てし人の 熱き思いに」
世界自然遺産登録直前!フィールドワーク2月3日
北中学校&犬田布小学校ましゅ屋&南三島文化協会研修会
1/30北中学校「地域を知る」(総合的な学習の時間)の講師として依頼され終日島内の歴史,自然探訪を案内した。先ず,足下の戦時中陸軍飛行場,特攻隊慰霊碑では,17歳から若い兵士が参拝し,沖縄へ飛び立ったであろう肉弾三勇士の碑や忠魂碑について話した。防空壕跡「戦時中はこの暗闇が安心安全な場所でした。昼間は隠れ,島の人は夜の月明かりで田植えや農作業をした。犬田布騒動,メランジ,奉安殿。カムィヤキと日本の歴史。鍾乳洞では大ウナギ(鍾乳洞の主?)にビックリしました。
2/1犬田布小学校の5年生は「ましゅ屋」(水本さん)で塩作りの実習。塩水を運び燃料の廃材を準備,出来るまでを学んだ。
昼は南三島の文化協会研修会,夜は三島の郷土芸能披露,徳之島地元から高齢者カラオケの発表や田植え踊り,伊仙の勇壮な棒踊りが披露され喝采を浴びた。
卓球ダブルス大会犬田布小学校優勝!みほちゃん帰省 かわいい赤ちゃん
日本復帰の父 泉芳朗勤務 面縄小学校
昨日,面縄小学校を訪ねる。「校長先生,泉芳朗先生が勤務された沿革誌,日誌等はないものでしょうか?」「それが,全く痕跡が無いんですよ。歴代の教職員名はここに書き出してあります。」と,ホワイトボードを指さす。「泉芳朗は当時ペンネームで,本名は泉 敏登,いずみとしのり」って言うんですが。探してみると「あった!」大正15(昭和元年)年にありました。「良かったです,今まで知りませんでした。」と校長先生も大喜び。このように復帰前の年まで泉芳朗はペンネームであったことを多くの人は知りません。前徳之島高校の校歌も泉 敏登作詞でした。でもこの人が泉芳朗先生と知っている人はいませんでした。(十数年前高校の教員には伝えた)。神之嶺小学校の校長室にある「泉 敏登校長」も数度訪ねて「泉芳朗」の本名と語りました。もちろん,復帰の年は戸籍を改名して「泉芳朗」でした。
新春井之川岳登山!霰(あられ)がぎっしり!
犬田布小学校職員は昨日13日、井之川登山を決行した。最近の寒波と当日も朝は氷雨で躊躇した。曇り空であったが世界自然遺産として登録される記念すべき年であることの意義、夜の新年会のためにも「登りましょう!」
14時大原の登山入り口。10種以上の植物観察をしながら、雨ですべる登山道をなごやかにスタートした。センリョウ、マンリョウ、ケハダルリミノキ、ヤブツバキ、サクラツツジ、フウトウカズラなどなど。途中二か所のくぼみに霰(アラレ)がぎっしり(写真は14時22分撮影)。「昨夜はすごく寒かったんだね!」
頂上到着、1時間30分のペース。おやつを食べのどを潤して再び下山。帰りの表情は明るい。「おいしいビールだね!」
夜はすべった話や姿が見えず心配して大声で呼んだこと、来年の登山に向けて体力づくりをと。
世界自然遺産候補地になって島民の登山心得が良くなりトクノシマエビネ発掘やセンリョウ、マンリョウがきれいに実をつけている。徳之島の最高峰井之川岳(645m)の頂上から見えるのは未来への限りない可能性だ、などと。
















































































