徳之島の戦争遺跡巡り

徳之島ユネスコ主催の戦争遺跡巡りを実施した。なごみの岬の「富山丸慰霊碑」「武州丸慰霊碑」を説明。1944年6月29日早朝7時半ごろその惨状を目撃した名城秀時さん。そして名城さんの家族7人が亡くなった9月25日の状況を当時生残者である澤津橋勉さんの証言を語った。今は亡きお二人が当時の惨状を語った動画記録が私の手元にある。そして復帰の父と呼ばれた泉芳朗が最後に校長として勤めた神之嶺小学校を案内。管理職の言う「業務改善のため休みに学校は閉じる」の為、中には入れず外から校長室の「泉敏登」(当時の本名)を眺めた。母間の「黒潮の塔」、トンバラ岩上空で交戦し戦死した特攻兵の慰霊碑がある。山小学校の教頭先生は事前の連絡に快く対応してくださり、「今どちらですか」と山に向かう時間まで配慮し、待って旧遺跡を案内見学させてもらった。そして天城の旧陸軍の飛行場後、特攻隊の「多賀屋旅館」での墨跡を紹介。下原遺跡のシンポジウムを拝聴後、護岸と防空壕。指令所のあった大和山城(250m)登山。

最後は鹿浦小学校の旧奉安殿。出発当日はトランプ大統領がイラン攻撃のニュース世界情勢が厳しい中、平和構築に微力ながら寄与したつもりだ。戦争を知らない人たちが、その惨状を聞いて伝えないとまた同じ道をたどる恐れがある。

「過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となる」

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