Category Archives: 亀津北区自治会活動
コロナ禍でも動く 子ども会、育成会 ふれあい農園草取り
イモ植え 準備から
広報北区2020年1月から2021年4月号 掲載します
コロナ禍であっても、創意工夫して区民の活動を継続発展させるにはどうすればいいのか?
自問自答しながらの一年間でした。「一人はみんなのために、みんなはひとりのために」
力を合わせれば、できる! WE CAN! 女性連のマスクづくりは両新聞社が掲載して、活動は奄美全地区へ広がった。素早く行動に移したことが功を奏する。
「挨拶運動の推進、あいさつは先ず家庭から、地域ではさわやかな挨拶を交わしましょう!」とタスキを作っての運動開始、大瀬川の美化作業を子ども会と有志が動いた。ダンス教室や趣味の講座も動いた。公民館の美化作業に有志、グリーンクラブが動いた。旧公民館の清掃、シロアリ駆除に青壮年団が動いた。旧正月に餅つき大会、焼き芋。イモ植えや芋ほりそれにかかわる畑の除草や耕運、施肥に携わった方々。環境保全に関心を高めた講演の実施。高齢者の継続した健康・仲間づくりのグラウンドゴルフ大会。
広報北区から活動の様子が見えますね。お疲れ様!
徳之島・大瀬川水辺の野鳥 学習会
今朝は早朝7時30分から公民館で、手指消毒、ソーシャルディスタンス・マスク着用で、世界自然遺産登録に向けて、大瀬川水辺の野鳥学習会を実施しました。あいにくの悪天候でしたが約20名の参加者は熱心に映像と説明に耳を傾けた。
講演終了後はこれまでの撮影写真(A3サイズ)を見たり、600ミリ望遠レンズのカメラを手に取って「重いですね、これをかついでの撮影は大変ですね」と撮影の醍醐味や大変さを語り合った。
コロナ禍で何もしないわけにはいきません。考慮・配慮・手立てをしたうえでの実施です。
指宿安夫先生を講師に招き、16年間の野鳥撮影の記録を紹介しました。
120種に及ぶ野鳥と撮影場所が島の全域であること。鳥のネーミングは特徴をとらえてなされていること、幼鳥から成長までの記録、渡り鳥、留鳥など冬・夏の移動の模様、大瀬川は野鳥の宝庫であると力説。普段見ても小さくて名前もわからないが600ミリの望遠レンズで撮影した写真に感動した1時間でした。
大瀬川の保全に向けた、水辺サポート認定地区である北区自治会の意識が変わります。これからも研修の機会を深めたいと思います。
参加者の皆さんは今朝の知識と感動を忘れず環境保護に尽力しましょう お疲れ様でした❗️
徳之島町亀津北区「大瀬川水辺の野鳥」で講話
徳之島の自然観察・写真記録・発信をライフワークとする指宿安夫さん=2月28日、徳之島町亀津北区
【徳之島】徳之島町亀津北区自治会(幸多勝弘会長)の「徳之島・大瀬川水辺の野鳥~みんなの水辺サポート学習会」が28日、住民を対象に同公民館であった。野鳥など島の大自然を観察し写真に記録、発信を続けている地元の指宿安夫さん(73)が、精魂を込めて切り取ったショットと解説で、足元の「野鳥たちの宝庫」を認識させた。
「大瀬川」は、亀津市街地の北区と中区両地区を隔てて太平洋へとそそぐ県2級河川。両自治会は、同河川「みんなの水辺サポート推進事業活動団体」にも認定されている。北区の同学習会は世界自然遺産登録にも向けて企画。あいにくの悪天候のため河川内見学は中止、午前7時半から指宿さんを講師に室内学習会のみとした。
指宿さんは療養のため50代半ばに学校教諭を退職後、夫婦で運営するホームページ「徳之島しじ&ばばのブログ」で徳之島を紹介するために、野鳥を中心に島の大自然を観察。カメラ機材を車に、島内の海岸や河川、森林、湖沼などをめぐる撮影行脚を日課としている。
ブログでは身近な「大瀬川」に飛来した天然記念物や絶滅危惧種など珍鳥の数々も紹介している。同町立図書館関連事業で、膨大な画像データの中から2014年に「奄美・琉球の世界自然遺産登録に向けて~徳之島の野鳥展」、15年には「同~徳之島の動植物写真展」も開いている。
室内学習会で指宿さんは老若男女の住民たちに、大瀬川に飛来した渡り鳥(夏鳥・冬鳥)や留鳥、迷鳥など画像を示しながら解説。種・子孫を守るために、人の歩く速さだと約15年もかかる約2万5千㌔彼方から小さな体で飛び、途中で力尽き、天敵に襲われたり淘汰(とうた)される渡り鳥たちの厳しい現実。勇壮なミサゴ(タカ目ミサゴ科)が由来の米軍機オスプレイ。冬季に備えて餌を貯蔵し、芸もする「賢い留鳥」の亜種アマミシジュウカラの生態など、話題も豊富に解説した。
住民からは「いつも犬を連れて大瀬川沿いを散歩しているが、こんなに多くの野鳥たちが来ていたとは」と驚嘆の声も。指宿さんは「大瀬川のほか諸田池、下久志海岸(いずれも同町)、浅間海岸(天城町)などは野鳥たちのメッカ。関心を持って観察するといろんな鳥たちが見えてくる。この環境を汚さずにみんなで見守って欲しい」と呼び掛けていた。
大瀬川 水辺の野鳥観察会をします。28日 早朝7時30分
コロナ禍の中でも、芋ほり
ポインセチア真っ盛り
大瀬川の清掃ゴミ拾い 子ども会、育成会
台風10号を教訓に防災組織を
「亀津小学校を避難所に」
経緯
防災無線、9・10号号台風の時「避難所は生涯学習センターです。食料飲み物を準備して」
9月3日(木)朝 「台風10号の勢力はこれまで経験したことのない甚大な被害が予想される」報道によって亀津小学校長 狩集校長と避難所開設の際の協力を依頼、了承を得る。
校長「職員へも通知します」
9月4日(金)亀津小学校(ハザードマップでは避難所指定)を開設を総務課担当Sさんへ連絡、その後直接M総務課長へ「大瀬川沿いで避難者、高齢者が多い。コロナ対策も有りお願いします」。
「職員の配置ができない。学習センターの利用を」
9月5日(土)朝再度M総務課長へ
「わかりました、自治会で責任を持って開設できましたら了解です。校長へも連絡します」
ライン、放送で区民へ「生涯学習センターが避難所として放送されていますが、自治会では亀津小学校校舎を避難所として13時より開設します。」
・避難所開設の準備
5日 早朝 8時から
ゴザ8畳 4枚、6畳2枚。クーラーボックス。湯沸かし器ポット、コップ、ゴミ袋などを学校へ搬入
青年部 10時過ぎ学校集合。ゴザの配置
狩集校長「図書室はクーラー完備、解放します。校長室も本部として解放。更衣室のクーラーも使ってください」
13時から避難希望者 約40人、夜間12時30分ごろにも 最終62名。
お一人の女性が喫煙希望で「校舎内、敷地内はだめです、」と指導。
女性一人Mさんが消防団員の説得にも応じず「ここで死ねたら本望」と避難拒否。
男性Tさんも、再三の電話での避難勧告に応じず、青年部3人が迎えに行っても出てこなかった。
総務課へ白山君が電話。総務課「そんな人がいます。強制はできない。」
森電業社長夫妻が「足場の撤去ができなかった。設置業者は安全というが心配。」
「安全な場所へ移動しますから、」と対応。
6日(日)
大瀬川の水位を確認。黄色のラインが2本見える。「安心」
「九時頃の満潮時間と最接近が危険な時間。海側からの風が強くなれば3階は2階へ移動します。準備を、」と伝える。
その後20分ごとに1~3階を往復。
10時
「風が北西、山手からの風になりましたから安心です。3階の移動はありません。安心してください」
全員、安堵の様子。
永吉さん(弁当屋さん)上原さんから「おにぎりでも差し入れしたいのですが、」と打診。
「ありがたいことですが、料金は自治会から出します無理しないでください」
「とんでもない、料金はいりません。気持ちですから」
好意に甘え、その旨を皆さんへ伝える。感謝感謝!
おにぎりと卵味噌汁。
12時に 解散式
「風は2時以降に弱くなります」「今回の避難は災害がなく、台風のコースがそれたためです。」
「訓練として受け止めてください」「自助・共助・公助として自分の避難、次に隣近所の安否を気遣う、公的な助けは最後です。」「開設された亀津小学校(校長先生)への感謝を忘れないでください」
「施設内の清掃を、使う前よりきれいに!」
13時30分から清掃。各自 自宅へ帰り出す。
14時15分 清掃完了 冷蔵庫のお茶水は学校へ感謝を込めて寄贈。
*電源の確保(停電時の照明)
*見回り人員~独身・夫婦での避難可能な人。家族を守ることが第一であり、緊急災害時の対策にあたる組織を検討。消防団員含めて。
*差し入れや炊き出しもフリーな人員で組織を。
行政との密な連携
TVの受信が校長室でも不可。設置を要望する。天気予報、台風の情報はスマホのみ。
水などは予備分として提供してほしかった。
電源はバッテリーでもいい。照明器具用として。
62名の避難者は少なくない。
私事ですが、3階までの数十回の往復で6日夜、大腿筋が吊って痛い思いをしました。





















































