武州丸慰霊 平和の夕べ 82回忌のお知らせ

語り継ぐことを忘れたら、また来た道に戻る。戦前にしないために小さな平和の種を

蒔き続けよう。生きていたら82歳の あの時の0歳児、そして含む77名の児童生徒。戦えない、足手まといと口減らしのための疎開者。70歳以上の老人、母と幼子の尊い命。148人、対馬丸はその10倍1484名。

ユーチューブでみるとドローン戦争、発電所や大手スーパー インフラ設備を攻撃。銃を持たない人々が困窮している。

戦後がずっと戦後であるためには。目には目を!報復は新たな報復を招く。子どもたちの未来に大人は声を上げるべきだ。

自国ファースト、不都合なメディアを排除するトランプ政権、国際裁判所から脱退せよと!日本はこれに追随するのか。

世界の終末時計は85秒です、気候変動・AIによる戦争激化・核武装などで危険が増大。

他国のことではありません。今の日本は台風でスーパーから食料が消える離島と同じで島国 海上封鎖で飢え、原子力発電所への攻撃で消える。世界は人道支援、平和外交で再構築すべき時です。

子供たちの未来に平和を。集いましょう!

敬老祝賀会 北区2026年

本日敬老の日を迎えられた皆さん 

 誠におめでとうございます。

戦後81年、戦後生まれの方が80歳、戦争前、戦時中、戦後の激動の時代を生きてこられた皆さまです。

ご家族又は島を離れた子どもたちやお孫さんたちも遠方から今日の日をよろこんでいることと思います。

北区で80歳を迎えた新敬老者は

今年総勢七十一名です。

今年は新たに11名の方々が新敬老者となられました。おめでとうございます。

本日の出席者は体調不良や一身上の都合もあって男性8名女性22名の30名です

「人生100歳」の到来です、

北区では101歳の川畑チヨさん本人から元気な声で「長い時間座るのはきついので今回は欠席します」との電話をいただきました。

どうぞ敬老者の皆様、きついときはお申し出ください。隣の和室でお休みいただくなど対応いたします。

本日出席者で最長寿者は幸田隆久さん97歳  自宅には若いころスポーツマンで鳴らした数々の賞状が山と積まれています。

シマのことわざに 「花なれば匂い、枝ぶりやいらん 人やキム心 なり振りやいらん」

このようにそれぞれの個性、生き方を持って世のため地域のため尽くされた皆さんです

これまでの歩みをとおして皆さんは「シマの歴史の語り部」です。

夏休み 祖母が徳之島の出身であることから東京の女子学院中学校3年生 女生徒による「戦争と徳之島 疎開船武州丸」の取材がありました。

この女子学院中学校では1980年から祖父母から戦争の「聞き書き」学習を経て本を出版しています。少女たちはうったえています

「戦争のない国が好きです」「戦後がこれからもずっと戦後でありますように」と

令和という時代は、世界的に、これまでの平和的な外国との交流よりも「武力・核武装」という逆戻り「戦時中」の様相を帯びています。

このような時代に戦争の悲惨さを知る、そして戦後の生活の苦しさを乗り越えてきた皆さんの「体験、生きる力」は、必ず私たちの未来に平和を築く勇気と希望を与えることでしょう。

「生きるための道しるべ」として、自信をもって語り伝えて下さい

熊本地震で被災された高齢者の方はインタビューで「支え合う「人」という字のありがたさを知りました」と応えていました。

私達の徳之島の人々は「結」という絆で結ばれています。繋がり助け合い、語り合いましょう。

 

区長になった8年前から 第三日曜日 ボランティア清掃の早朝、地域内、路地から路地へ

今朝もオートバイで走っています。

「おはようございます いい天気ですね

今日は敬老会です よろしく お疲れ様」そこにはあいさつを交わす多くの笑顔があります。

歳は80であろうと、18であろうと人生の歓喜と興味、希望があればまだまだ青春です

どうぞこれからの人生も「しなやかに つややかに、したたかに」

ウオーキング、ラジオ体操、グラウンドゴルフ、カラオケ、などの趣味、物づくり、体をうごかして「今」を大いに楽しんでください。

敬老者の皆様をいつも暖かく支え、見守ってくださるご家族の皆様、地域の皆様に感謝申し上げます。そしてご多忙の中お祝いに駆けつけてくださったご来賓の皆様ありがとうございます。   敬老者の益々の健康長寿をご祈念して、お祝いの言葉とさせていただきます。

本日は誠におめでとうございます。

疎開船 武州丸慰霊 平和の夕べ 実施案内

2006年の写真です 教職員で歴史を訪ねるツアー。故 名城秀時さんの声「二度と戦争という過ちを犯してはならない」

あれから20年、戦後が戦後でありつづけるためにも、そして「再び戦場に若者を送り出さない」ために憎しみや報復の連鎖を繰り返さないために知って、共に動きましょう「ノーモア広島・長崎、 戦争!」

どんどん祭グラウンドゴルフ大会 結果

9月12日(土曜日)午前8時30分開会式

徳之島町健康の森 運動公園

22チーム112名参加

実行委員長 町長の挨拶があった。「郷土を誇りに、 故郷に錦を飾る、といったUターンでなく 故郷で錦を飾るという若者の育成が大事。グラウンドゴルフで健康づくりを楽しんでください」

芝生が長くてボールが飛ばない、状況で競技者は苦戦した。

成績結果 団体戦 1位 南区A 2位 母間A 3位 北区A

個人成績 男子1位 幸 健一(南区) 44打 2位 中島敏光(母間) 44打

3位 幸多勝弘(北区) 44打

女子1位 寺園 光(東区) 45打 2位 芳 スマ子(尾母) 47打

3位 米山まさ子(母間) 49打

男性の44打 3人の順位はホールインワンした人が上位のためです。

写真は団体優勝の南区、個人優勝1位の二人です

令和8年度 徳之島町GG大会

令和8年度 第2回徳之島町グラウンドゴルフ大会 (主催 徳之島町グラウンド・ゴルフ連盟 協賛 徳之島町高齢者クラブ連合会)が7月4日 徳之島町健康の森運動公園陸上競技場において24チーム参加で開催されました。

北区はABC3チーム出場 Aチームが2位と1点差の3位入賞。個人戦で女子 溝口深雪さん39打(ホールインワン2回)が堂々1位 おめでとうございます。

団体優勝は南区Aチーム、2位 尾母A、3位 北区A。個人戦  写真参照ください。

ジャガイモ収穫と第二ふれあい農園サトウキビ春植え準備

18日 ジャガイモ堀りを福岡輝男さんと週末の悪天候を考慮し、早目た。早朝からの作業になったが高齢者クラブの皆さんが駆け付けてくれました。豊作のジャガイモ501㎏ キロ177円 必要経費を差し引き62000円自治会に入金。

22日 サトウキビ農林8号を種用に準備しました。牛糞の施肥 そして畝とり後 (日曜 朝9時半から12時まで)早速準備です。前田勝秀さんの指導の下 切り出し搬入しました。天気を見て種ウギを準備します。真ん中にひと節おいて両サイドの芽を確認して切るそうです。基幹産業サトウキビ植えのノウハウを教えてもらい、黒糖づくりに挑戦の予定です。

 

徳之島の戦争遺跡巡り

徳之島ユネスコ主催の戦争遺跡巡りを実施した。なごみの岬の「富山丸慰霊碑」「武州丸慰霊碑」を説明。1944年6月29日早朝7時半ごろその惨状を目撃した名城秀時さん。そして名城さんの家族7人が亡くなった9月25日の状況を当時生残者である澤津橋勉さんの証言を語った。今は亡きお二人が当時の惨状を語った動画記録が私の手元にある。そして復帰の父と呼ばれた泉芳朗が最後に校長として勤めた神之嶺小学校を案内。管理職の言う「業務改善のため休みに学校は閉じる」の為、中には入れず外から校長室の「泉敏登」(当時の本名)を眺めた。母間の「黒潮の塔」、トンバラ岩上空で交戦し戦死した特攻兵の慰霊碑がある。山小学校の教頭先生は事前の連絡に快く対応してくださり、「今どちらですか」と山に向かう時間まで配慮し、待って旧遺跡を案内見学させてもらった。そして天城の旧陸軍の飛行場後、特攻隊の「多賀屋旅館」での墨跡を紹介。下原遺跡のシンポジウムを拝聴後、護岸と防空壕。指令所のあった大和山城(250m)登山。

最後は鹿浦小学校の旧奉安殿。出発当日はトランプ大統領がイラン攻撃のニュース世界情勢が厳しい中、平和構築に微力ながら寄与したつもりだ。戦争を知らない人たちが、その惨状を聞いて伝えないとまた同じ道をたどる恐れがある。

「過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となる」

第二ふれあい農園、新春グランドゴルフ大会

新春ふれあいグラウンドゴルフ大会には亀津小 鮫島校長、遠矢教頭、田中先生が参加しました。地域と学校が繋がる、協働活動へと続きます。平田さんの農地を見学していくと利用してない土地が!「ここ、ふれあい農園にしよう!」と提案 話はまとまり17日に早速草刈りを実施。後は芋植えの為 耕耘機を福男輝男さんに依頼しました。それぞれが相呼応して、やれることを積極果敢に取り入れ、進んでいく地域づくりの仲間が嬉しいですね。

 

北区年始会

年始会は小雨の中でしたが 9時有志の皆さんが参加しました。

郡山(元亀津小学校長)さんも帰省参加し、当時の懐かしい思い出に浸っていました。政岡 亀津中学校長は年男 抱負を語りました。

幸多 前田両名は和太鼓「三宅」を初披露演奏でした。

新年あけましておめでとうございます。

ご健勝にて 本日出席されたみなさんにとりまして今年がすべての面でうまくいくことを願います

さて人間 万事塞翁が馬 という中国の教えを 今一度 考えますと 世の中すべての事が良いことずくめではありません。「禍福はあざなえる縄の如し」ともいいます。

昨年 1年を見ても 国内の政治、世界の情勢もまた混沌として 世界の平和も危機的状況にあります。

世界の子どもたちの未来に一日も早く争いがなくなり平和が訪れることを願い、その平和への思いを足下から構築できればと思います。あきらめてはいけません。

話を身近に戻せば お手元の広報北区をご覧になって下さい。

ふれあい農園でジャガイモ植えればヒヨドリの被害に遭いました。しかし手をこまねいていませんでした 友人の発案でキラキラテープを設置 その結果 被害を乗り越え豊作。芋植えたら、干ばつ 雨が降らず 不作。一方 サトウキビは台風が来ず 豊作。先人は古来「台風は雨を持ってくる、海岸の掃除。ハブが自然を守ってきた。」

仕方ないさ、気象条件 自然があいてだから いい時も悪いときも

ですがそのために私たちがいつも大事にし、、努力していることがあります。壁を打破するために必要な事

それは「共助」の精神です。サポート支え合うこと。 山や水おかげ、、人や世間おかげ」というではないですか。

私は支えられている、仲間がいる そのような気概を持つことです。

昭和56年当時、厳訓無処罰で教育界に知られた龍野定一先生からいただき額に入った「敬愛信」の書があります。

要約すれば 互いを愛し信じあうことが世界平和にも通ずるということです。

おかげさまで。の言葉のように「お互いを尊敬しあう、良いところをほめ、認め合える」このような関係がいっぱい構築できれば、私たちの地域からでも世界平和につながると信じています。

私達大人が子供たちの未来に残したいもの それは平和と手つかずの自然です。そのために自治会の重点目標 差別偏見のない 「障がいのある人もない人も共に生きる地域づくり」を目指しましょう。

今年も皆さんと共に歩むことを「楽しみ・誇り」とすることをお約束して 新年のあいさつとさせていただきます。