第15回 疎開船武州丸平和の夕べ 本日実施

コロナ禍の中ですが、三密を避けながら 平和の夕べを実施します。

アメリカと中国の冷戦ともいえる状況やアフガニスタンのタリバンによる人権侵害、とりわけ女性に教育をさせないなど女性蔑視の政策。ISによる市民を巻き込こんだテロ事件、100万人ともいえる子どもの飢餓、栄養不良が報告されている。

コロナウイルスと戦う世界が平和に向けた同一歩調を願う。

誤りを繰り返さないために、子や孫の時代に再び戦場に子どもたちを送らないために、平和の願いを持ち続けることが大切だ。

ライフワークとして続けていく決意とともに実施します。

十五夜 お月さん

赤い月は7時ごろ水平線、白っぽいのは8時5分撮影

今朝の大瀬川でチュウサギ、 コサギもいました

今夜は中秋の名月、

地平線(水平線)近くにがあるときは、からの光が、厚い大気の中を通過することになります。 すると、青い光は届きにくく、赤い光だけが私達の目に届きます。 そのため、が赤っぽく見えるのです。

おふくろが私が中学生のころに詠んでいました「月々につき見る月は多けれど つき見る月はこの月の月」なぜか思い出します。おふくろは満年齢88歳。

夫婦で月見していました。偶然にも来客4名でした。お隣さんと小学校の校長先生、教頭先生、教員でした。

大変喜んで月見団子を食べてくれました。日頃は挨拶だけですが、十五夜満月のおかげで親密になれた気がします。

奄美市長選、市議会議員補欠選挙 若い力を応援しています

若さに期待する声が高まっています。奄美市に新風を!少子高齢化の時代に若者が夢、希望をもって奄美に住むためには、これまでの旧態依然としたハード面の施策だけでなく人材ソフト面を強化し夢を持たせる街づくりが必要です。応援していただければ嬉しいです。

名瀬だより 丸田南里

名瀬にいます 名瀬小学校の近くには丸田南里の墓 1851年うまれ、私は1951年生まれ、関係ないですが奄美黒糖の自由売買、勝手世騒動 運動のリーダーでず 明治10年西郷隆盛の西南戦争で請願に鹿児島へ向かった奄美の55名は投獄され、西南戦争に従軍した31名は田原坂で戦死 ー後は省略

西郷隆盛像の偉人伝の裏には奄美人の頼って裏切られた怨念もあるのでは

小学校の敷地が大蔵省の表示もあった すごい発見でした

 

大瀬川に落とした1年生帽子の捕獲に思わぬ早朝ランニング!

今朝、早朝いつものように亀津小学校沿いの清掃をし、校長先生と朝の挨拶ほか児童の交通安全について立ち話をした。しばらくして校長から「釣り竿がありませんか!」と興奮した声で電話「どうしたんですか?魚、うなぎですか?」「いや、登校中に1年生が川をのぞき込んで帽子を落としてしまって、泣いている。なんとかして取ってあげたいが海に向かって流れているので釣り竿で引っかけようと思って・・」「行ってみます」と現地へ。ゆっくり海に向かう黄色い帽子。深さと階段があればずぶ濡れでも、と思ったが階段も無く降りることもできない。近くの民家へいっても何も無い。

急ぎ我が家へ紐とかごを探しに猛ダッシュ?といきたいが膝はがくがく、朝からなぜ走っているの?と言われそうでゆっくりジョギング。途中永吉博昭さんを思いだし「永吉さん!大瀬川に帽子を落として困っている、急いで」とふたりタモと釣り竿もって大捕物へ急行!タモが5~6mあって以外に簡単にゲット。帽子も川の端っこを流れていたためだ。

こども110番だね!泣いていた1年生もきっと笑顔に変わったことでしょう。

キョウジョシギ クロハラアジサシ アカガシラサギなど

諸田池へ

師匠から電話で「アカガシラサギがいる!」の連絡に走った。5月16日 サギの種類の多いこと。

昨日はクロハラアジサシ、止まっているのは池の中央で遠い。だが近くまで何度も何度も滑空してくるのでシャッターを切った。確認すると写っていた。トリミングした。

 

5月10日IUCN国際自然保護連合登録勧告の日

MVI_0920

国の天然記念物「アカヒゲ」を静寂なウンブキで5月10日登録の日に撮影。動画でも撮れました。

(動画はMVI0920クリック)

西表島は観光客が多すぎるので対策を!とIUCNは注文をつけています。

アマミノクロウサギの輪禍など観光客誘致と保護は両輪の関係です。関係者(有料案内人)はいたずらにアマミノクロウサギを追っかけ回さないことですね。90歳を過ぎたある人は「クロウサギ?見たことない。そっとしとけば・・」このような先人が希少動植物を自然体で特別視せず守ってきたんですね。「見なきゃ時代遅れ!」急げ、と車をとばすことでヒヤヒヤするアマミノクロウサギたち。登録前に主人公は誰なのか?相手の立場で考えた行動を!

 

 

 

タキンシャ(滝の下)ディスカバー徳之島亀津

MVI_0849

昔は子供たちの夏の唯一の涼み所、水遊びで賑わいだ所。

動画はMVI0849 上をクリックしてください。

もっと広くて深く青々としたプールだったと記憶している。

だがその、思い出は川上の森林伐採、開発で変わった。

森林の保水力が落ち、いつしか枯れるのではないか。

83歳の義村さん、案内役の81歳 仲  利秋さん、70歳60代後半の5名でした。ここは秘境の地でいいのでは。昔懐かしい人が来たらいいのです。

思い出は観光とは別。そっとしておいてほしい場所でもありました。