疎開船武州丸 慰霊と平和の夕べ

「武州丸の惨劇に思い 」平和の夕べ、み霊に祈り

徳之島町 2026年09月27日 地域 慰霊碑の前で武州丸の犠牲者に祈りをささげる参列者=26日、徳之島町亀徳のなごみの岬 太平洋戦争中に米潜水艦の魚雷攻撃を受け、十島村近海で撃沈された疎開船「武州丸」(1222トン)の犠牲者を慰霊する「平和の夕べ」が26日、徳之島町亀徳のなごみの岬慰霊碑前であった。

島内から約30人が参列。今回初めて徳之島の犠牲者148人の名前と年齢が読み上げられ、参列者は82年前の惨劇に思いをはせつつ、戦渦に尊い命を散らせた人々の霊を慰め冥福を祈った。 武州丸は本土に疎開する子どもたちを乗せ、1944年9月25日に古仁屋港を出港。同日、十島村中之島沖で米軍潜水艦の魚雷攻撃を受け沈没し、乗船していた徳之島町亀徳、井之川、山、尾母集落の学童や女性らが犠牲になった。

平和の夕べは「武州丸と平和を考える会」(幸多勝弘会長)が主催し、21年目。幸多会長(75)は「犠牲者に思いを寄せるきょう、この場に集まった私たちの思いは148人のみ霊に届いていることと思う」と述べるとともに、緊張が続く昨今の海外の情勢などにも触れ「平和の国づくりのために国際情勢にも目を向け、大人が子どもたちの未来に平和をつなぐことが責務」とあいさつ。

参列者は次々と献花し慰霊碑に手を合わせた。

平和への誓いを読み上げる吉岡楓華さん(右)と金城希さん=26日、徳之島町亀徳のなごみの岬 亀津小6年の金城希さんと同4年の吉岡楓華さんは、武州丸についての平和学習で戦争の悲惨さを学び「相手のことを大切にする気持ちがあれば戦争はなくなると思う。周りの人を大切に、その輪を広げ平和な時代を築きたい」と誓いを述べた。

また、祖母が徳之島出身で、東京女子学院中学3年の両部陽奈子さんが、徳之島で行った戦争体験聞き書き学習のレポートを代読で紹介。両部さんは武州丸の悲劇を知り「私たちにできることは戦争を風化させないこと。『戦後』であり続けるためにこの遠い島での出来事を記すことが平和への一歩につながる」と結んだ。

高齢化により遺族から慰霊の場を引き継いだ幸多会長は、戦争を知らない世代のみの参加となっている現状に「私たちは平和を伝える努力をしてきたのか反省すべき点はある。こういった場に参加してもらい、平和について考える機会にしていただければ」と話した。

9月27日(日)(南海日々新聞記事)